ただすのもり環境学習研究所 代表 山田岳

東北大学卒業に成功


 4年次の卒業間際に、3年次の必修科目数学の追試を受けて、なんとか卒業。

 学生時代は、ミニコミ誌「雑音」の執筆と編集を行っていました。

 この経験は、のちに放送作家の仕事に活かされました。

 音楽雑誌「ロッキング・オン」に掲載されたこともあります。

 仙台市内に下宿していたので、大家さんとの会話から東北弁をマスターしました。

ノーベル賞田中耕一くんと同期


島津製作所では田中耕一君と同期入社。彼がノーベル賞の研究しているとき、がくさんはP3C対潜哨戒機の部品を設計していました。もっともボーイングの図面をトレースするだけの「設計」でした。

 現場のおっちゃんとの会話から京言葉をマスターしました。

のちに、環境活動のCSR報告書、LCA(ライフサイクルアセスメント)は、工学センスで、マスターすることができました。

環境市民で修業


 放送作家としてバブル時代の京都の環境問題に取り組んだ経験が買われて、京都大学地球環境学大学院に入学しました。

 インターン研修が必修だったことから、認定NPO法人環境市民で小学校向け環境学習プログラム「グリーンコンシューマーになろう!」づくりに取り組みました。

 修士論文は雨水利用と墨田区の防災まちづくりがテーマです。